永遠の証明



 一番最初に目に飛び込んできたのは、果ての見えない綺麗な青空だった。

「――ここは……?」

 ポツリと呟いたのは、腰まである栗色の髪を柔らかい風に揺らしている、ひとりの少女。歳の頃は十六といったところだろうか。
 と、呆然と立ち尽くす少女の背後から、聞き慣れない声がした。

「あら? あなたは――」

 誰だろう、と彼女は振り返る。
 そこには、ピッチリとしたノースリーブの服とタイトなミニスカートに身を包んだ、十七歳くらいの少女の姿があった。顔立ちは可愛いと美人、どちらの形容詞も当てはまる感じだ。
 服には身体のラインが出ているため、彼女のスタイルの良さが一目でわかった。基調としている色は黒。それが彼女の白い肌をより引き立てている。

 ポニーテールにした金髪を揺らして、彼女はわずかに首を傾げる。しかしすぐに合点がいったのか、両手をポンと合わせ、人間ならば持ち得ない赤色の瞳を優しげに細めてみせた。

「どうやら、物質界から来たお客様のようね」

 そして大きく両手を広げ、

「ようこそ、アヴァロンへ。見てのとおり空に浮かぶ小さな島でしかないけれど、得るものは多いと思うわ」

「アヴァロン……?」

 その言葉を小さく繰り返し、栗色の髪の少女は初めて小島を見渡してみた。

「――綺麗……」

 まず目に入ったのは、どこまでも澄んでいる、とても大きな湖だった。その色を表現するには『青』ではなく『藍』がふさわしいだろうか。生い茂っている草花も心なしか活き活きとしているように見える。

 少しだけ目線を上げた先には、岩壁と、そこにぽっかりと空いている黒い穴――洞窟の入り口があった。岩壁との距離は大体、百メートルほど。

「あの洞窟は?」

 傍らに立つ、見知らぬ金髪の少女に尋ねてみる。果たして、彼女は快く答えてくれた。

「あれは『本質の柱』に通じている洞窟よ」

「『本質の柱』……」

 よくわからないままに口の中で小さく呟く。

「そう、あなたが触れたいと願っているモノ。でも、それは望まないほうがいいわ。無事に帰ってこられる保証がないもの。あの建物の中にある物で満足しておいたほうが賢いわよ」

 少女が指差したのは、簡素な建物。大きくはあるし、あちこちが金で飾りつけられてもいるのだが、伝わってくる雰囲気は廃墟に近いものでさえあった。そう、まるで物置としてしか機能していないような――

「あの建物には、本来、物質界に在るべきではない『魔法の品(マジック・アイテム)』を多数、保管してあるの。例を挙げ始めるとキリがないけど、『インフィニットオルガン』、『聖杯』、『忘れられた時の時計(ザイス・クラ−グ)』、『聖蒼の剣(スペリオル・ブレード)』、『漆黒の剣(カオス・ブレード)』などといったものがあるわね。
 私たちはそれらを各世界から回収しているから、複数ある物も存在するわ。というか、『聖蒼の剣』なんて、あの建物の中に一体いくつあるか……」

 金髪の少女の説明に、栗色の髪の少女は『わけがわからない』と言いたげな表情になった。

「まあ、要するに。私たちは世界を滅ぼしかねない『魔法の品』を、本来の目的の合い間合い間に回収して、あの建物に保管しているの。まあ、『私たち』とはいっても、活動しているのは実質、私だけのようなものなんだけどね。
 で、そういった経緯から、あの建物の中には自然、必然的に各世界で『伝説』として語り継がれていることの多い物ばかりが集まっているのよ」

「はあ……」

 生返事を返すことしかできなかった。というか、他になにを言えというのか。
 金髪の少女は満足げにうなずいて、栗色の髪の少女に背を向けた。そして、

「万理断章(カーツア・アーク)!」

「!?」

 栗色の髪の少女の瞳が驚きに見開かれる。
 無理もないだろう。金髪の少女の眼前に突然、光輝く円柱が出現したのだから。
 少女の驚愕に気づいていないのか、気づいていながら無視しているのか、金髪の少女は何事もなかったかのように光輝く円柱に向かって、

「目的地は六回目の蒼き惑星(ラズライト)。あ、リューシャー大陸にあるフロート公国の首都、フロート・シティね。時代は1901年火の月の……そうね、万が一にもことが起こったあとにはならないように、一日で」

 言葉に応えるかのように、円柱が銀色の光を発する。「これでよし」とうなずき、再度こちらに振り向いてくる金髪の少女。

「それじゃ、やるべきことがあるから私はそろそろ行くわね。あの建物の中にある物は、物質界に持ち出すことさえしなければ自由に使ってかまわないから。――あ、わざわざ釘を刺させてもらったのはね、別にあなたのことを信用していないからじゃないのよ?」

 本当に? と反射的に突っ込みそうになり、栗色の髪の少女は慌てて口を押さえた。それを見抜いたのだろうか、彼女は肩をすくめてみせる。

「以前、『聖杯』が物質界に召喚されたことがあってね。幸い、あのときは短時間で戻ってきたからよかったけど、もし世界レベルの事件に発展していたら『聖杯』が願いを叶える前に――いえ、人の手によって『聖杯』が召喚される前に、召喚に使用された『インフィニットオルガン』をまた回収する羽目になるところだったのよね……」

「? 『また』回収する羽目に?」

「あ、ごめんなさい。愚痴になっちゃったわね。それじゃ、あまり欲張らないようにね。人間、知識だけじゃなく経験も積まないと、ろくなことにならないから」

「う、うん……。あ、えと、それより……」

「ん? まだなにか私に用が――って、そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。私はイリスフィール。イリスフィール・トリスト・アイセルよ。『アヴァロンを管理する者』、とか言えたら格好いいんだけど、残念ながら、そういう存在じゃないのよね。それで、あなたは?」

「あ、私は――」




「……〜い、お〜いって。ミカ、お〜い」

「んぅ……」

 特に意味のない言葉が少女――ミカ・ロックウェーブの口をついて出た。
 突っ伏している机や、腰かけているイスに彼女の長い栗色の髪が柔らかく広がっている。年の頃は十八といったところだろう。可愛いか美人かでいえばやや美人よりである顔をわずかに歪ませ、むにゃむにゃと言葉にならない声を出している。

「やれやれ……。お〜い、ミカ、起きろって。休憩時間、そろそろ終わるぞ〜」

「ん〜……。わかった、起きるから……」

 寝ぼけ眼(まなこ)のままではあるが、ゆっくりと机から身体を起こすミカ。

「ごめん、ジン。私、いつの間にか眠っちゃってたんだね。またあの夢を見てたよ」

「あの夢って、ミカがときどき見る、『例の夢』か?」

 少し心配そうな表情をして、そう問うた少年はジン・カーベルク。ウエイター服に身を包んだ、ミカと同年齢の青年である。少しばかり長めの黒髪は、一応整えてあるものの、ややボサボサ気味になっている。

 髪を手ぐしで整えたり、着ているウエイトレス服にシワができていないかを確かめながら、ミカはジンにうなずいた。

「うん、そう。……まあ、今日は『あのシーン』になる前に起きることができたけどね」

「俺のおかげだな」

 特に恩着せがましい感じのしないジンのセリフ。それがわかっているから、ミカも軽く返す。

「そうだね、ありがと。……あ〜、ちょっとだけシワ寄っちゃってる……」

「そりゃ、机に突っ伏して寝てりゃあな……。で、どうする? 『例の夢』を見たあとって調子悪いだろ? 休むか?」

「平気平気。言ったでしょ? 『あのシーン』になる前に起きれたって。それに私、ウエイトレス、好きだしね」

「仕事の場合は好きとか嫌いとかの問題じゃないと思うけどな……。まあ、ミカがそれでいいなら俺はいいんだけど」

「よし、じゃあ残り二時間、気合入れていきましょうか!」

「はいはい。……でも、本当に無理するなよ?」

「わかってるって」

 おもむろにジンの手を握って歩きだすミカ。それが、普段の二人の関係性。
 そしてその二人の関係性は、見方によっては仲のいい恋人同士のそれにも見えるのだった。




 フロート・シティに存在する魔道学会の本部には、数多くの魔道士が所属している。
 しかし研究している分野は魔道士によって様々。また、学会では月に一度、定例発表会なるものが開かれるのだが、そこで提出されるレポートの内容も、やはり多岐に渡っていた。

 定例発表会は自分の作成したレポートを提出できる唯一の場であり、優れたレポートを提出できれば学会でのランクアップが認められ、月に支給される研究費用が増える。当然、割と高いランクにいる魔道士も、Dランクという学会でもっとも下位に位置する魔道士も、研究費用のアップを狙って新しい魔術を組み立ててみたり、『世界の本当の姿』や『人間の本質』などといったものを証明しようとしたりと、まあ、日頃から色々とやっていた。

 ただ、学会のランク制度には問題がある。
 まず、ランクの低い魔道士に支給される研究費用は当然、少ない。しかし研究に多くの資金を充てられないのでは大がかりな実験をするのが不可能になる。
 ランクが低い――支給される研究費用が少ないのは、学会からかけられている期待が小さいことを意味するのだが、この現状ではランクアップに繋がるような――学会の期待を超えた結果を出すことなど、そうそうできはしない。つまりは、完全な悪循環。
 もっとも、それだけで済むのならまだいいほうだったりする。ランクアップが適わないため、日々の生活に困る魔道士だって少なからずいたりするのだ。
 もちろん金持ちであるのなら、そういった問題に頭を抱えることはない。だが世の中には貧乏でありながらも魔道士を志した者だって大勢いる。
 で、そういった魔道士が具体的にどういう行動に出るのかというと。

『いらっしゃいませー!』

 ずばり、研究の時間を割いてのバイトだったりする。
 ジン・カーベルクがここ、魔道学会本部の食堂でミカと共に働いているのも、彼がそんな貧乏な魔道士であるがゆえなのだ。まあ、二年ほど前からは、それだけが理由だとも言い切れないのだけれど。

「よう、相変わらず精が出るな、ジン」

「いらっしゃいました〜。今日も可愛いね〜、ミカちゃん」

 声を揃えて出迎えた二人にそんな言葉が返ってくる。
 ひとりは、やや目つきの鋭い痩せ気味な二十代後半の男。Cランクの魔道士で、くすんだ金色の髪が特徴に挙げられるだろうか。
 もうひとりは、お世辞にも痩せてるとはいえない、太っちょの男。髪は緑色で年齢は二十代前半といったところ。こちらも学会ランクはCである。
 ジンは三年前に魔道学会に所属した、まだまだ駆け出しのDランク魔道士。魔道教習センターとは違って、学会では年齢はさほど重要視されないが、やはりジンにとって二人は先輩。レポートをまとめるにあたって相談に乗ってもらうことも少なからずあった。

 魔道学会の食堂には四人まで座れるテーブル席が四つ、カウンター席が五つある。二人の魔道士は迷わずにカウンター席に腰を下ろし、とりあえず、とワインを頼んだ。

「え〜、もっと高いもの頼んでよ。ほら、ステーキ定食とかあるわよ? それもとっても新鮮! 二人のためにとっておいたんだから!」

「こらこら。嘘をつくなよ、嘘を。別にとっておいたわけじゃないだろ。大体それ、今日も注文なかったら捨てることになってたやつじゃないか」

「む〜。ジンにはこのお店を繁盛させようという気、ないの?」

「や、俺に売る気がないんじゃなくて、お前が商魂たくましすぎるだけだって。――それで、レポートの進み具合はどうですか?」

 ふくれるミカを軽くいなし、ジンは二人の魔道士に問う。まるで世間話を始めるような気楽な調子で。

 魔道学会本部の中にあるため、この店の客はほとんど全員が魔道学会に所属している魔道士であるといっていい。更に言えばミカとオーナー以外のスタッフも全員、魔道学会の魔道士だ。
 そういった環境であるためか、この店でカウンター席に座る客はスタッフと『魔道士としての話』をしたがっているのだと相場は決まっていた。まあ、ここにはフロート・シティにちょっと立ち寄っただけという客も訪れるので、稀に違う場合もあるのだけれど。

 ジンに水を向けられ、痩せ気味の男――ケインがまず口を開いた。

「レポートか。そこそこ、言いたいところだが、なんとも芳しくないな。なあ、ジン。『永遠』という概念をお前だったらどう証明する?」

「永遠、ですか?」

 腕を組んでうなるジン。正直、持論を展開することすら難しい。なにしろ彼の研究内容は魔術の組み立てが主であり、概念の証明や確立は特別目指していないのだから。
 もっとも、まったく興味がないわけでもない。ある事件をきっかけに、ジンは『時間』の概念が関わる分野であれば積極的に首を突っ込んでいきたいと思うようになったし、一年ほど前に、とある二人の女魔道士から『永遠』に関する興味深い話も聞けた。だが、それすらもレポートとして学会に提出されていないとなると……。

 ミカが赤い液体の入ったグラスを二つ、Cランク魔道士二人の前に置いた。

(永遠かぁ……。そういえば、一年ほど前にそんなことを話していた人たちがいたなぁ……)

 そんなことをミカが考えていると、太っちょの男――ヨザックがワインを一口だけ含んで、

「そこまで考え込まなくてもいいって。永遠を証明できないっていうんなら、別にそれはそれでいいんだ」

「そうは言ってもヨザックさん。証明できないのなら、証明できないって根拠を提示しないといけないんじゃありません?」

「そこなんだよねぇ。存在しないことを証明するのって、存在することを証明するよりも難しいし……」

「存在するのなら、『これだ!』って証拠を見せれば誰もが納得しますからね」

 そこに「しかも、だ」とケインが口を挟む。

「永遠なんてものは概念だ。目には見えない。仮に存在しないとしても、わかりやすい根拠は提示できないだろう」

「でも存在しないと決めつけることはできない?」

 どこか挑発めいたミカの一言。しかしムキになるでもなく、ケインは静かに返した。

「そうだ。俺たちが永遠は存在しないと発表したあと、もし永遠が存在することを誰かが証明したら、と思うとな」

「ああー、なるほど」

 そう相槌を打ってから、ふとミカの中にイタズラ心が芽生えた。

「そういえば、結婚式では必ず『永遠の愛を誓います』って言うわよね?」

 横から「お、おい」とジンが抗議の声を上げるが、無視を決め込むミカ。
 ケインはちびちびとやっていたグラスをテーブルに置いた。

「言うな。だが、それは『終末を迎えるまでの永遠』――『最後のときが来ない限り続く永遠』だ」

 コン、とグラスを指で弾いてヨザックが言葉を継ぐ。

「例えばさ、ミカちゃん。朝になったら必ず太陽が昇るよね? でもそれが永遠に続く保証なんて、誰にもできないでしょ? それと同じことなんだよ。太陽が昇らなくなるときがいつか来るかもしれないように、結婚相手に愛情を抱けなくなるときが来るかもしれないってこと。で、そのときが来るまでは、その愛は永遠なんだよ」

「幻想を打ち砕くようなことを言わないでよ〜。あ〜、ちょっとヨザックさんのこと嫌いになったかも」

「ええっ!? そんなぁ〜!」

「ヨザックさん。こいつの言うことをいちいち真に受けないでくださいよ。どうせふざけているだけなんですから」

「え〜、ふざけてないかもしれないじゃない? ねえ、ヨザックさん」

「そうそう。まあ、本気だったら嫌だけど」

 妙な意気投合っぷりを見せるミカとヨザック。ジンとケインは「やれやれ」とため息をつくばかりだ。

 そこからはなかなかに真面目な会話が続いた。ジンも魔道士であるため、なんだかんだでその手の話題には熱くなるところがある。
 少しばかり退屈な心持ちになりながら、ミカはその三人の会話を聞いていた。一年前のことを参考程度に話してあげればいいのに、なんてことをジンに対して思いながら。

 そうして。
 気づけばミカは、知らず知らずのうちに当時のことを思い返していた。




 蒼き惑星(ラズライト)暦1902年、火の月。
 その二人の女魔道士も、入ってきてすぐカウンター席に腰を下ろした。

「結局、永遠っていうのは変化をもってしか証明できないのね」

 もっとも、すでに結論を出し終えているあたり、ミカたちとの話を望んでの来店ではないようだが。

 ぽつりと呟いたのは見慣れないタイプの魔道士用の黒いローブに身を包み、紫色の宝石がはめ込まれているペンダントを首から下げている、長いオレンジ色のポニーテールが目に鮮やかな十六歳の少女だった。まあ、童顔であるため見た目はとても十六歳には見えなかったが、それはそれ。
 地につかんばかりに長い黒のマントをたなびかせ、彼女はイスに腰かける。

「人間の肉体を形作っているのは、無数の細胞。それは半年から一年ほどで完全に入れ替わる」

 ともすれば独り言とも取られかねない口調だが、隣に座った二十歳くらいの女性がそれに応える。

「つまり、一年前の自分と現在の自分はまったくの別人、となるわけですね」

 輝かんばかりの長く、白い髪。それとあまりにも対照的な、魔道士の少女のローブとは明らかに異なる黒さを有した、ドレスのような服。露出は肩のみで過度なところはまったくなく、そのデザインは女性の上品さを表していた。

「けれど、私の精神は変わることなく在り続ける。少なくとも、肉体が滅ぶまでは、永遠に」

 白髪の女性の名はシルフィリア・アーティカルタ・フェルトマリア。
 オレンジ色の髪をポニーテールにした少女はミーティア・ラン・ディ・スペリオル。
 片やフェルトマリア家の現当主であり、片や今年の初めに共和国として再出発することになったスペリオル聖王国の第二王女。

「そして、この肉体が滅んでも、完全に消滅することはない。あたしたちは肉体を持たずに生きる存在――精神生命体と呼べる存在を知っている」

 それは主に神族や魔族と呼ばれる存在。まあ、出会ったことのある人間は少ないだろうが。

「もっとも、だからといって肉体が不要、とまでは思いませんけどね。やはり肉体を持って生まれた者は肉体に依(よ)って生きていくのが一番です」

「いや、だからシルフィリア様。それは生活していくためにだけ必要な、物質界においてのみの結論でしょ? あたしが求めているのはそれ以上の――こう、理論としての結論なんだって」

「いくら理論を完成させることができても、実生活でなんら役立たないのでは意味がないと思うのですが」

「それはそうなのかもしれないけど……。とにかく、重要なのは肉体に死が訪れても、精神はそのまま残るということなの! もっと単純に言えば、死は永遠を否定しないっていうことなの!」

「死が人生の終着点ではない、ということですか」

「そう! そういうこと!」

「しかし、それをレポートにまとめたとしても、そう簡単には受け入れられないでしょうね。そもそも、人間が死を迎えた先、精神生命体となって活動を続けるための具体的な方法が提示できていないのですから」

「あう! シルフィリア様、痛いところを……!」

 ミカとジンの前で繰り広げられる、なんとも魔道的に高度な会話。

「でも、これくらいの難題を証明できないようじゃ、Aランク魔道士を名乗る資格はないってものよ!」

 それを聞いたジンがミーティアのほうに身を乗り出す。

「Aランクなんですか!?」

「え? うん、まあ一応。あ、名前はミーティアよ。ミーティア・パイル・ユニオン」

 先回りして偽名を名乗っておくミーティア。
 それから二人は揃ってオレンジジュースをミカに頼む。

「……では、ちょっと別の方向から永遠という概念を定義してみましょうか?」

 オレンジジュースが出てくるのを待ってから、シルフィリアがそう提案した。

「そんなことができるの!? ぜひぜひ! 魔道士とは違う切り口をぜひ聞かせて!」

「あ、俺からもお願いします! 永遠そのものに興味があるわけじゃないけど、『時間』の概念に関することには興味があるので!」

 オレンジジュースを一口飲んでから、「そうですね」とシルフィリアは始める。

「世界は絶えず移ろい変わり続けていますが、それでも本質が絶対に変わらないものというのは、やはり存在します。それをもってすれば永遠を定義できるのではないかと」

「変わらないもの? 地上には必ず生命(いのち)あるものが存在していたという事実、とか?」

「さすがはミーティア様。正解になかなか近いです。私がこの世界に途切れることなく存在し続けていると思うものはですね、他でもない、その生命あるものが持つ本能のひとつですよ。すなわち、愛」

「え、なに、シルフィリア様、ノロケ?」

 からかい混じりの口調になるミーティア。シルフィリアはそんな彼女に真剣な瞳を向けた。

「冗談で言っているわけではありません。永遠を定義しようというのなら、時間論や空間論を持ち出すよりも、このほうがよほど効果的なんです」

「そ、そうなんだ……。でも、どのあたりが永遠?」

 と、そこでミカが「そうそう」と口を挟む。

「結婚式とかで必ず『永遠の愛を誓います』って言うけど、永遠には続かずに離婚しちゃう人って多いと思うけど?」

「そうですね、それは否定しません。ですから私が言っているのは、そういう異性間にのみ発生する愛ではなく、もっと広義の意味での愛ですよ」

 その言葉を受けて、ミーティアが「ふむ」と天井を見上げた。

「というと、兄弟愛とか、家族愛とか?」

「友愛、というものも挙げられますね。その他にも隣人に対する愛というものもありますし。これをちゃんと認識できている人なら、離婚したとしても世界に愛が存在しないなどという極論に走ることはないでしょう。だって、その人との関係は終わっても、この世のすべての人から愛を向けられなくなるわけではないのですから。望まぬ離婚であろうとなかろうと、慰めてくれる人は必ずいるでしょう? それを愛と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょうか」

「ん〜、偽善とか?」

「…………。まあ、完全否定はできませんけどね。これは当事者がどちらだと感じるか、また、どちらだと感じていたいかの問題ですよ。そして、人が人に向ける愛情のすべてが偽善だとは、私には思えません。もしそうなのだとしたら、親という存在は皆が皆、偽善者ということになってしまいますよ」

「それもそうね……。でも、それが永遠とどう繋がるの?」

「せっかちですね、ミーティア様は。――私はね、思うんですよ。私の人生はそれはそれは過酷でしたし、神を恨むようなことだって何度もありました。でも、振り返ってみればすべての人から悪感情を向けられている時期というものはなかったように思いますし、色っぽいものではなくても、やはり誰かからの愛は常に存在していました。……まあ、当時は些細すぎて、そうと気づくことさえできませんでしたけどね」

 なにかを懐かしむように、あるいは愛おしむようにシルフィリアは瞼を閉じる。

「そして、そういった優しさと言い換えてもいいかもしれない些細な愛は、過去や現在だけでなく、未来においても存在し続けていくのだろうと思うんですよ。愛とは個人的なものであり、普遍的なもの。すべての『個人』が当たり前に持っているもの。ゆえにこそ、それは世界中に存在しているものともいえ、『個人』がこの世界に在り続けていくのなら、愛もまた、その『個人』と共に永遠に在り続けていく。
 どうです? 生命あるものがこの地に存在していることが前提条件となってはいますが、これはひとつの永遠の証明だといえませんか?」

 シルフィリアの整然とした理論――いや、論理に、思わず沈黙するミカ、ジン、ミーティアの三人。
 しかし魔道に関して素人であるミカだからだろうか、彼女にはその論理に穴があるようにも思えた。だが、それを口にすることができない。多少の穴など気にも留めさせない――経験に裏打ちされた理屈ではない説得力が、シルフィリアの論理にはあった。

 沈黙したままの三人の顔を見回すと、シルフィリアはにっこりと微笑んで、

「それと先ほど広義の愛に言及しましたが、あれは結局、どれも『隣人に対する愛』でしたね。愛というものは、本当はもっと色々とあるものですよ。親が子供を叱るのも愛ですし、悪いことをしたと後悔している者に許しを与えるのもまた、愛です。そして、自分で立つことができずに助けを求めてくる幼児の手を敢えてとらないのも、やはり愛ですね。
 まだ完全に納得できたわけではありませんが、そう考えれば私の辛い過去の記憶も、少しは和らぐような気がします」

「…………」

 この場にいる者の中で唯一、シルフィリアの過去を知っているミーティアが複雑そうに口許を歪めた。当のシルフィリアは変わらぬ笑顔のままで続ける。

「あとは……そう、すべての存在(もの)を等しく照らす愛、というものがありますね。私がいま捜し求めている『王の愛』とでも呼ぶべきものです。――世界を永遠に照らし続けていく愛。自分を救うためのものではなく、他人を――民衆を救うための愛」

 そこでシルフィリアはミーティアのほうを意味ありげにチラリと見て、

「ミーティア様がそれを持つ者であればと、私はときどき思うんですよ?」

 ときどき、などというのは嘘だった。そうであることをシルフィリアは心のそこから願っている。
 照れ隠しだろうか、ミーティアは首をものすごい勢いで横に振った。

「え、あたしが!? む、無理だって! あたしは魔道士なんだから!」

 魔道士は他の誰でもない自分のために『本質を探究する者』である。ゆえに自分だけしか救うことはできず、誰かのために、などと志して就く職業でもない。もちろん考え違いをして、誰かのために『手段』として魔術を習得しようとしている者もいるにはいるだろうが。

 それをちゃんと理解しているジンがミーティアのあとを継ぐ。

「そうですよ。シルフィリアさんが仰っているのは『魔道』ではなく『王』の道――『王道』や『神道(しんどう)』と呼ばれているものだと思います。そして、それは魔道士の思想とは対極に位置するものですよ」

 シルフィリアはそれを否定しない。魔道士という職業のことを知っている者にとっては一般常識とすらいえることだからだ。だが彼女は「けれど」と穏やかな表情で言い添える。

「ミーティア様なら『魔道』と『王道』をひとつの『道』にできるのではと、そうも思うんですよ」

 それは、あたしが王族だから……。ミーティアはそう直感した。一方、ミーティアが王女であることを知らないジンは頭に疑問符を浮かべるばかり。

「さて、雑談はこのあたりにしておきましょうか。現状はなかなかに厳しいものとなっているんですし」

 先ほどまでの会話を『雑談』で片づけるのか、とジンは驚く。いや、驚きを通り越して呆れさえした。
 しかし、そう思ったのはジンくらいのものらしい。ミカは魔道士ではないのだから驚かないのかもしれないが、ミーティアのほうも「そうね」とノーリアクションだったのには驚愕ものだ。

「で、今回は本当に協力してくれないの? せっかくアスロックに頼んで呼んでもらったのに……」

「ですから、私の所属している聖蒼貴族(せいそうきぞく)は公的な機関ではないんですよ」

「いや、だから。せめて戦闘に参加してって頼んでるわけで」

「それだと魔道学会のメンツを潰すことになってしまうんですよ。なにしろ――」

 と、そこでジンが横から割り込む。

「あの、一体なんの話をしてるんです? 戦闘に参加とかなんとか……」

「? ああ、そういえば例の件は上層部の人間にしか伝わってないんでしたね。実はですね――」

「ちょ! シルフィリア様! 箝口令(かんこうれい)を敷かれてるでしょ!」

「私は魔道学会の人間ではありませんから大丈夫ですよ。罪に問われるのは、この件を私に相談してきたミーティア様です」

「酷っ!」

「それで、ですね。なんでも先日、『魔王の翼(デビル・ウイング)』の一翼である火竜王(フレア・ドラゴン)サラマンが言伝(ことづて)役として魔族の使者を魔道学会本部に寄越してきたそうなんですよ。『神の聖地』のひとつである『竜の谷』を火竜王の軍が総攻撃する、とね」

 と、そこで気を取り直したミーティアがシルフィリアに代わって口を開く。

「比較的、この街のすぐ近くまで来るわけだから、嘘であったとしても見過ごせないでしょ? 本当なら取り返しのつかないことにもなりかねないし。
 それでSランクやAランクの魔道士――主に専門家(エキスパート)と呼ばれる段階まで到達した魔道士たち全員に緊急招集令がでたのよ。ついでにさっきの会議――というかなんというかで、『竜の谷』に向かうことにもなった。上手くいけば竜王(ドラグ・マスター)アッシュと協力して魔族を退けることができるだろうからってね」

 ミーティアの話を聞くにつれ、ジンの顔が段々と蒼ざめていった。当然だ。最悪、この街に火竜王が魔族の大群を率いて攻め込んでくるかもしれないのだから。
 そんなジンの反応に気づいているのかいないのか、ミーティアは頬を膨らませて、

「だからアスロックに頼んでシルフィリア様を呼んでもらったのに、シルフィリア様ったら『私には私のやり方がありますから』って、一緒に行ってくれないっぽいんだもん。あとから来たアリエス様も苦笑するだけでまったく説得してくれないし」

「そうは言われましても、大勢で進軍するのは私の戦闘能力を下げることにも繋がりますし……。なにより――」

 一度言葉を切って、紅く輝く刀身を持つ剣をどこからか取り出すシルフィリア。

「アスロック様にこれを渡そうと思ってきてみたら、どういう経緯でか『聖蒼の剣』なんて持ってるんですもん、彼」

「……もしかして、それで拗ねてるとか?」

「…………。そういうわけじゃありませんよ」

「じゃあなによ、いまの間は!」

「とにかく、じゃあこれはファルカス様に、と思ってみれば、彼は彼で『漆黒の剣』なんて持ってますし」

「や、あれはあたしもどういう経緯で手に入れたのか知りたいところなんだけど――」

「まあ、どちらにせよこの剣はアスロック様にしか使えないんですけどね。適格者鑑定人(コンシェルジュ)は基本、持ち主に適した魔道武器(スペリオル)を見つけだす職業と誤解されているようですが、実際は『魔道武器に適した者を捜しだす職業』ですから」

「……シルフィリア様、やっぱり拗ねてるでしょ?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ」

「棒読み! それと違うっていうなら顔を逸らさない!」

「なんだか今日はしつこいですね、ミーティア様」

「しつこくもなるわよ! こんな切迫した状況なら!」

「切迫してました? さっきまでの流れからみて」

「うっ、してなかったけど……」

「――あのさ」

 今度はミカがミーティアとシルフィリアの会話に割り込んだ。さっきまでの会話に、どうしても聞き逃せない固有名詞があったのだ。

「『聖蒼の剣』と『漆黒の剣』を持ってるって、本当? あれはイリスフィールに回収されて、アヴァロンに保管されているはずなんだけど」

「アヴァロン!?」

 らしくもなく大きな声を上げるシルフィリア。

「どうしてあなたがアヴァロンの存在を知っているんです!? 魔道士でもないようなのに!」

「それは……っと、ジン、言ってもいいかな?」

「え? ああ。ミカがいいって思うなら」

 ジンとそんなやり取りをし、ミカは真剣な表情をシルフィリアに向けた。

「えっと……。信じられないかもしれないけど、私はこの世界――蒼き惑星の人間じゃないの。元々は地球ってところに住んでいたんだよ。もちろん、ミカ・ロックウェーブっていうのも正確には私の本名じゃない。私の本当の名前はね、岩波美花(いわなみ みか)っていうのよ」

「イワナミ・ミカ……。……それで?」

「うん、それで――」

 そしてミカは語り始めた。自分がどうしてこの世界に来てしまったのかを。




「ふうん。岩波美花っていうんだ。いい名前ね、ミカ」

 金髪の少女は屈託のない笑みを浮かべ、ミカの名前をそう評した。
 それは素直に嬉しかったが、喜んでばかりもいられない。

「それで、ちょっと訊きたいんだけど、私はどうしてここ――アヴァロンだっけ?――にいるの?」

「――え?」

 ミカにとって、それは当たり前すぎる問いかけ。
 しかし金髪の少女は、それに間の抜けた声を返してきた。それから、少し慌てたように、

「え、え……? だ、だって、それはあなたがここに来る方法を見つけたからでしょう? じゃないと肉体を持ったままアヴァロン――いえ、この世界に来ることなんて、できないはずよ?」

 できないはず、などと言われても困る。彼女は気づいたらこのアヴァロンとやらにいたのだ。ここに来たいなどと思ったことは一度もないし、そもそもアヴァロンの存在自体、知らなかった。
 イリスフィールは徐々に顔を蒼ざめさせながら、ブツブツと独り言を呟く。

「ちょ、待って、待って、待って……。あなたの持つ魂の波動からするに、あなたは十回目の人間のはずで……。まさか、私の移動に巻き込んじゃったとか? いえ、それはないわね。私は『彼』と違って、世界間を無理矢理移動してるわけじゃないし。
 となると、『彼』が世界を移動したとき、それに巻き込まれて……?」

 落ち着いてきたのか、人差し指を口許に持っていきながらイリスフィールは考察を続ける。

「でも、それなら『時間(とき)の狭間』のみを介して、一瞬で別の世界に移動するはずよね。なにかしらの事故でもない限り、正式な手順を踏まずにアヴァロンに来るなんてことはできないはず……。とすると、やっぱり『彼』の世界移動の影響を受けて、ここに……?
 あっ! だとすると……って、もう時間が……!?」

 金髪の少女の声に緊張の色が混じった、その瞬間のことだった。

「身体! あなたの身体っ!」

 身体がどうしたのだろう、と思いながら自分の身体を見てみると。

「……っ!?」

 透けている。ミカの身体が、後ろの風景がかすかに見えてしまうくらいに透けている。

「な、なんで……!?」

「ここは本来、肉体を持ったままくるべきところじゃないのよ! 正式な手順を踏んでここに来たのなら長時間留まることもできるけど、そうじゃない場合はかなりの短時間で肉体は消滅、魂は『本質の柱』に還ることになるの!」

「そ、そんな……!」

 それはつまり、死ぬということではないだろうか。
 冗談ではなかった。望んでもいない場所に来てしまい、元いた世界に帰ることができないどころか、ここで死ぬことになろうとは。

「…………。仕方がないわね」

 イリスフィールは意を決したようにうなずいた。しかし、一体なにをするというのか。

「私の世界を移動する術――万理断章(カーツア・アーク)で一緒に世界移動をしてもらうわ。悪く言えば、万理断章(カーツア・アーク)に巻き込まれてもらうってこと。
 まず『時間の狭間』に移動して、そのまま私がこれから行く予定だった六回目の蒼き惑星に――って、自分の力でアヴァロンに来る方法を見つけたんじゃないなら、意味、まったく通じていないわよね……! ええと、つまりは物質界に向かうことにするわ! 本当ならあなたの元いた十回目の世界に帰してあげたいところだけれど、いまから行き先を変更することはできないし、その時間もないし……! ごめんなさいね! ここで死んでしまうよりかは幾分マシだと思うから!」

 切羽詰った声に、やや混乱しながらもミカはこくこくとうなずく。六回目だとか十回目だとか、もはやなにを説明してくれているのかサッパリだったが、死にたくないという思いだけが少女の頭を縦に振らせていた。

「じゃあ、行くわよ! こっちに来て! 円柱の中に入るイメージを持ちながら中に入るのよ!」

「わ、わかった……!」

 そして、円柱の中に入った瞬間、ミカの意識は途切れることとなった――。




 しばしの沈黙ののち、一番最初に口を開いたのはミーティアだった。

「正直、信じられない……。アヴァロンのことはともかく、ここの他にも世界が存在するだなんて……」

「私だって最初はここが地球じゃないなんて、信じられなかったわよ。まあ、それは言っても仕方のないことだけど」

 自分の身体が消えかかったときのことを思い出しているのだろうか、ミカの顔色は優れなかった。代わりに、ジンが続ける。

「俺がミカと出会ったのは、いまから約一年前。フロート・シティの郊外に倒れているのを見つけたんです。で、彼女はそれから住み込みでここで働くことになったんですよ。俺の紹介で、ね」

「幸い、地球でもファミレスのウエイトレスをやっていたから」

「それと、ミカは別に元の世界に戻ることを諦めたわけじゃありません」

「まあ、ジンがいなかったらとっくに諦めていただろうけどね。あのね、ジンはいま、私のために万理断章(カーツア・アーク)を組み立てようとしてくれているの」

「ええ、俺はいま、その分野を研究しているんです。時間と空間の因果関係などを明らかにして、世界間の移動を可能とする術――万理断章(カーツア・アーク)を組み立てる。ひとつ違うのは、ミカのためにやっているんじゃなく、俺自身のためにやっているという点ですね」

 魔道は自分を救う道。自分しか救えない道。ゆえに魔道士は他人のためになにかを研究することはない。

「いいのよ、それでも。私は嬉しいんだから」

 ミカのその言葉に「参ったな」とジンは頭を掻く。それにミーティアは苦笑した。

「はいはい、ごちそうさま。それにしても、イリスフィールの使った術、万理断章(カーツア・アーク)か。『本質の柱』やアヴァロンに関わってもいるようだし、あたしも研究してみようかな。――シルフィリア様はどう?」

 話を聞いてからというもの、ずっと黙りこくっている隣の白い髪の女性に問いかけるミーティア。しかし彼女はそれには答えずに、

「あの、イリスフィールという者は確かにこう言ったのですよね? 『正式な手順を踏まずにアヴァロンに来るなんてことはできない』と」

「え? うん、言ってた言ってた」

「つまりそれは、正式な手順というものが存在していて、それを踏めば肉体を持ったままでもアヴァロンに行ける、ということですよね?」

「? ええ、そうね」

「そして、イリスフィールは聖杯などを管理しているとも言った。それどころか、聖杯が一時的に物質界――この世界に召喚されたとも語った。なら、あなたの訪れたアヴァロンは私が目指しているアヴァロンと限りなく同一であるといえるはず……」

 そこまで呟き、シルフィリアは立ち上がった。

「ありがとうございます、ミカ様。とても参考になりました」

「え? 私はなにも――」

「いえ、正式な手順がちゃんと存在することがわかっただけでも、とても大きな収穫ですよ。あとはその手順とやらを探しだせばいいわけですから。――さて、ではミーティア様」

「あ、もう行く? じゃあミカ、ジン、興味深い話をありがとね」

「い、いえいえ。興味深い話を聞けて嬉しいのは俺のほうですよ。こちらこそありがとうございました。あと、御武運を」

 そのジンの言葉が、彼女らとの別れの挨拶となった。




 あれからもう一年ぐらい経ったんだな、とそんなことをミカは思う。
 考えてみれば不思議な二人組だった。お互いのことを様づけするわ、片方は自分のことまで様づけするわ、しかもアヴァロンであったことをあんなに真剣に聞いてくれるとは。

「結局、証明なんてできない、というのもひとつの答えなんだよね……」

 どうやら結論が出たらしく、太っちょの男――ヨザックがそんなことを呟いていた。あの二人のものに比べると、なんとも情けない結論。

「それを言うな、ヨザック。まあ、俺も同感だが」

 そうぼやくケインの声を聞きながら、ミカは壁にかかっている時計を見上げた。

(さて、もう閉店の時間ね)

 二人には悪いが、そろそろ出てってもらう時間だ。

「ジン、閉店の時間だから」

 こそっと小声で黒髪の青年に言う。
 当然だが、ジンはまだ世界間移動の魔術を完成させていない。というか、彼は本気で組み立てられると思っているのだろうか、そんな人智を超えたような魔術を。

 そもそも、以前イリスフィールが言っていたことではないが、あそこで死んでしまうよりは、ここで生活しているほうがずっとマシなのだ。
 確かに親や学園の友人、アパートの住人とは二度と会うことができないかもしれない。けれど、この世界には新しい家族と思えるようなスタッフたちがいる。毎日顔を合わせる常連客がいる。
 そして、ジンがいる。

 いや、とミカは心の中で前言を撤回した。
 マシ、などというものではない。ここでの生活は幸福に満ちている。地球との生活とどちらが大切かなんて比べることはできないけれど、確かな幸せがここにはあるのだ。
 なら、それでいいとミカは思う。

 そして。
 いつまでたっても席を立とうとしないケインとヨザックを、ミカは『お客様は神様です。でもその前に同じひとりの人間でもあります』という店の信条に則って叩きだすのだった――。


<あとがき>

 ここに、二日ほどブログの更新をさぼって書き上げた『永遠の証明』をお届けします。
 短編ですが、ずいぶんと長くなってしまいましたよ。前後編に分けなければいけなくなったくらいには。正直、書いている間は終わりが見えなくてヒイヒイいっていました。

 こんなに時間がかかったのは、やはり三人称だからでしょうか。どうも僕は普段、語り手の一人称という形式で書いているせいか、三人称だと視点がやたらとぶれます。あと、地の文でも詰まります。

 さて、この作品は本来、『マテそば』第一章の第十一話が十月中にアップできそうになかったので、代わりに十月末に書こうと思っていたものです。ゲストとしてシルフィリアが登場しているのは、だからです。まあ、アリエスは出ていませんが(笑)。
 あと、わかる人にはわかるリンク・ポイントも設けてあります。ただ、本当に『匂わす』程度のものなので、わからない人もいるかもしれません。まあ、いずれ別作品でこの作品とのリンクを明らかに……できるかなぁ(自信なさげ)。

 それにしても、よくこんな長い話を十月末に一日で書こうと思ったものです。執筆時間、十時間くらいかかりましたよ。
 それでは、楽しんでいただけたなら幸いです。



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